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うめら。

 投稿者:うめら。  投稿日:2014年10月24日(金)07時54分49秒
  うめらさーくるだよー。^^¥わかちあえてとってもたのしー。なんとふしぎけいもおうけーい。よろしくね。

http://www2.hp-ez.com/hp/1212zzzz

 
 

トリスタンとイズー朗読会

 投稿者:アストライアの会メール  投稿日:2011年12月 1日(木)20時53分55秒
  エメラルドの海を渡る愛の風
ヨーロッパ中世の昔、人々は陸の上なら徒歩か馬で、海上なら帆掛け舟で旅をしていた頃の事です。吟遊詩人たちが騎士道にもとずく冒険や恋の物語を竪琴(たてごと)に合わせて歌っていました。イギリスの南端のコーンウォール半島、アイルランド、フランスのブルターニュ、そしてその三っつの陸に囲まれた海と小島を舞台に、壮大な恋愛物語(ロマン)が生まれました。主人公のトリスタンとイズーが間違って愛の妙薬を口にしたばかりに、許されざる、しかし死後まで続く純粋な愛に身をやつす事になるのです。中世最大のこの恋物語は、西欧人の恋愛観の形成に大きな影響を与えました。シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の原型になったとも言われています。
昨今日本ではマスコミの影響により、「婚活」などと言って、恋愛すら無視するか自己目的化し、自分の条件に合う合わないという事で、異性を品物の様に扱う風潮があります。しかし本来、恋愛とは授かるものであり、信頼を通じて自然とお互いの胸に芽生えて来るものです。
愛の古典であり、人間らしい感情を呼び覚ましてくれる本書の朗読を通じて、想像の翼を羽ばたかせ、時空を超えた文学の旅を楽しみましょう。

「ジョセフ・ベディエ編、トリスタンとイズー朗読会」(翻訳物) 第9回
主 催 アストライアの会  共 催 au bon café
ゲスト 武松洋子さん 劇団創芸でヒロインとして活躍後、朗読会代表、本格派サロンも
日 時 平成24年2月11日(土・祭)午後2時から5時
会 場 豊島区立勤労福祉会館第三会議室 池袋駅西口徒歩約10分(池袋消防署先)
費 用 お茶代込み参加費二千円
形 式 前半は朗読、後半はお茶会で、文学サロンとして行います。
朗 読 専門家の朗読を基本とし、その後で希望者による体験朗読が加わります。
仏 文 毎回、原文の中から一行だけフランス語の解説を行います。
備 考 パリの市民朗読会「ボヴァリー夫人の会」と姉妹会になりました。
募 集 体験朗読者、フランス語解説者を募集!その際は無料でお茶付き!
連絡先 TEL/FAX 049(258)3218 松原まで

http://www.gilishya-shinwa.com

 

エメラルドの海を渡る愛の風

 投稿者:アストライアの会メール  投稿日:2011年 6月 4日(土)12時55分43秒
  エメラルドの海を渡る愛の風
ヨーロッパ中世の昔、人々は陸の上なら徒歩か馬で、海上なら帆掛け舟で旅をしていた頃の事です。吟遊詩人たちが騎士道にもとずく冒険や恋の物語を竪琴(たてごと)に合わせて歌っていました。イギリスの南端のコーンウォール半島、アイルランド、フランスのブルターニュ、そしてその三っつの陸に囲まれた海と小島を舞台に、壮大な恋愛物語(ロマン)が生まれました。主人公のトリスタンとイズーが間違って愛の妙薬を口にしたばかりに、許されざる、しかし死後まで続く純粋な愛に身をやつす事になるのです。中世最大のこの恋物語は、西欧人の恋愛観の形成に大きな影響を与えました。シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の原型になったとも言われています。
昨今日本ではマスコミの影響により、「婚活」などと言って、恋愛すら無視するか自己目的化し、自分の条件に合う合わないという事で、異性を品物の様に扱う風潮があります。しかし本来、恋愛とは授かるものであり、信頼を通じて自然とお互いの胸に芽生えて来るものです。
愛の古典であり、人間らしい感情を呼び覚ましてくれる本書の朗読を通じて、想像の翼を羽ばたかせ、時空を超えた文学の旅を楽しみましょう。

「ジョセフ・ベディエ編、トリスタンとイズー朗読会 第6回」(翻訳物)
主 催 アストライアの会  共 催 au bon café
ゲスト 武松洋子さん 劇団創芸でヒロインとして活躍後、朗読会代表、本格派サロンも
日 時 平成23年7月14(日)午後2時から5時
会 場 豊島区立勤労福祉会館第四会議室 池袋駅西口徒歩約10分(池袋消防署先)
費 用 お茶代込み参加費二千円
形 式 前半は朗読、後半はお茶会で、文学サロンとして行います。
朗 読 専門家の朗読を基本とし、その後で希望者による体験朗読が加わります。
仏 文 毎回、原文の中から一行だけフランス語の解説を行います。
備 考 パリの市民朗読会「ボヴァリー夫人の会」と姉妹会になりました。
募 集 体験朗読者、フランス語解説者を募集!その際は無料でお茶付き!
連絡先 TEL/FAX 049(258)3218 松原まで

http://www.gilishya-shinwa.com

 

私が変容する物語――『ちいさな王子』

 投稿者:松丸春生  投稿日:2010年12月23日(木)14時32分30秒
   子どもだったことを忘れずにいる大人でありたいと願いつつも、それでも子どもの心を幾分かは喪っている自分が、遠き日の自分に、完璧な子どもである自分自身に出会ったら、どうなるか?
『ちいさな王子』を読み終えた私は、今、この問いを生き始めている。

 私は、幸いに、何も危機的な状況にはいないけれども、もしも自分が、魂のどこかが傷むようなことにでも陥ったなら??と想像すると、どこを探したって存在しない昔日の自分という子どもが、突如、非の打ち所のない完全な子どもとなって目の前に現れた場合の意味深さを一層強く実感するのだ。

 もちろん、そんな子どもが現れることは無い。無いからこそ、そうなったらと強烈に想像してみるのだ。想像の中でしか出会えないのだから。

 サン=テグジュペリの『ちいさな王子』は、書きあがってみたら正にそうなっていた、という、作者にとっても思いがけない作品だったのではないか。気が付いたら、そういう子どもと邂逅していて、気が付いたら、そういう子が消滅していた! というような。

 もしもサン=テグジュペリが第二次世界大戦後も生きていて『ちいさな王子』を読み返し、書き直したならば、と思わないではいられない。執筆時、サン=テグジュペリはアメリカに亡命していて、ヒットラーの時代の祖国フランスを救おうと、気もそぞろでこの作品を書いていたようだから。「1分でフランスまで行ければ」と思いつつ。作品のあちこちに、同胞の人々を「なぐさめ」る言葉をちりばめつつ。作品の完成度よりも多分それらを優先させて。

 戦時下という時代に当ててのメッセージであったろうこの作品を、平和になった時代にサン=テグジュペリが落ち着いて書き直したら、どう変貌するのだろう。

 考えられるのは、こんな三種。

 一つは、ちいさな王子が星めぐりをして自分の星に帰る話。「むかしむかしあるところに、ちいさな王子がいました。王子は自分と同じくらいの大きさしかない星に住んでいました。……」式の、作者の言う「人生がわかっている人たち」対象の、第三人称の語り。

 一つは、王子が一人称で語る話。“ぼくは小さな王子。日が沈む景色が好き。一日に四十四回も太陽が沈むのを見たこともある。さびしかったから。ぼくの星はとってもちいさいんだ。……”

 もう一つは、飛行機乗りの「ぼく」が一人称で王子を語りつつ自身を語る話。ただし、戦時ゆえのメッセージを消し、今ある作品の展開や結末をふまえて、破綻のないストーリー展開になるよう冒頭から推敲したもの。王子は何十回も笑い、すてきな笑顔を見せる。星めぐりや、地球に来てからのことは王子自身が語る。読者が、(王子って、飛行機乗りの「ぼく」の分身だな)と気づくような、そんな作品――。絵も描き変えて。

 右の第一例は、むしろ、まだ人生が分かっていない人たち、つまり児童向きのお話だ。

 書きようによっては、ヤングアダルト向きになりそうなのが、第二例だ。

 第三例は原作と似ているが、決定的に違うのは、『新・ちいさな王子』は冒頭から全てが作者の視野に入っている、ということ。

 読者は一読で終える。再読三読は、なかなかしない。ましてや五度十度と読み返すことは稀だ。座右の書にでもならなければ。

 この稀が、作品の愛らしいキズをあぶりだすことがある。作者の視野に入っていなかったものを明らかにしてしまうことがある。
 たとえば、――。

 のちに「バラ」と呼ばれる植物は、初めは単に「花」だった。7章の挿絵などは、どう見てもバラではない。

 王子は、18章で、砂漠を横切る際に「花びらが三枚」の「たった一輪の花」と会話している。絵ではおそろしく巨大な二輪の花になっていて、片方は花びらが五、六枚描かれている。20章では、「バラの咲きほこる庭」で五千本ものバラの花を見ている。王子は「花は、自分は宇宙でたった一つの花なんだといっていたじゃないか」とふしあわせな気持ちになる。自分の「花」については、のちにキツネからその真のねうちを教わることになるわけだが、時間的にはこののちのことが冒頭部の2章につながっていく。

 冒頭部を執筆しているとき、このあたりのことがまだ作者の視野に入っていないのだ。7章で王子は言う、「ぼくの星には、世界でぼくの星にしかないお花が一輪咲いている」と。本当は、「ぼくの星にはきずなを作ったぼくのバラがいる。ぼくはぼくのバラに責任があるんだ。その花のためだったら死ねるんだ」と、そうは言わないまでも、心の中ではいちずに思っているはずなのである。

『ちいさな王子』は、途中、9章から23章まで、長々と、飛行機乗りの「ぼく」が「ぼく」であることを忘れたかのように三人称の語りをつづけている。当然、「ぼく」は王子から聞いたことを語っているのだが、17章のヘビのことを26章では失念しているのだ。ヘビと話す王子の声「きみの毒、よくきくんだろうねえ? ぼく、あんまり長いあいだ、苦しまずにすむよね?」を耳にしても、「なんのことだかわからない」のだ、ヘビのことを語ることのできた「ぼく」が。

 そのヘビは、17章で、王子の「ぼくの星をみてごらんよ。ちょうど頭の上にある」という言葉に応えて「きれいな星だね」と言っている。王子の星は、ヘビには見えたのだ。しかし、一年後、王子は「ぼく」に言っている。「夜になったら、星をながめてよね。ぼくのところはちいさすぎるから、あそこだよってきみに教えてあげられない。でもそのほうがいいんだ」と。五億もの「笑うことのできる星」という、たぐいまれな比喩のためには、王子の星は特定できない方が絶対に良い。それは確かだ。ならば、ヘビにも、王子の星は見えなくて良かったはずなのだ。

 ヘビは、王子が自分の星に帰るために欠かせない登場人物だ、だから王子の星が見えたっていい、という考えも成り立つ。だが、王子は、最初の扉絵にあるように、そして、9章の冒頭、「星から抜け出そうとした王子は、渡り鳥に乗っけてもらったんじゃないか」とあるように、気軽に星を出発したのである。同じように気軽に、気楽に、自分の星に帰ってもよかったのだ。ヘビは、だから、いなくてよいのである。

 しかし、途中で心境が激変したに違いない。サン=テグジュペリが「渡り鳥に乗っけてもらった」王子の絵を描いたときに視野に入っていなかったラストシーン。悲壮なあのシーンは、戦時下の同胞へのラストメッセージだったのだろう。亡命先から祖国へ戻ろうとしているときのサン=テグジュペリの、その思いを読み取る人は、巻頭の献辞にあるとおり、「飢えと寒さに苦しんでいる」人々には最良の「なぐさめ」になったことだろう。とすれば、ヘビはいなければ困る存在なのだ。

 残念なことに、はなはだ残念なことに、異邦のアメリカ人は戦時中に、英訳『ちいさな王子』が読めたのに、レオン・ヴェルト氏はじめフランス人は、なんと、戦後になってからこの作品に接しているのだ。

 書き進めながら思いは変化し深まっていったにしても、サン=テグジュペリが作品を書き始めたときに心にあったのは、献辞に記されてあるように、子どもだったことを覚えている大人や、そういう大人になる子どもを対象に書きたいという切なる想いと、「なぐさめ」になることを、ということだったろう。もしかしたら、2章で、紙に描かれた絵のヒツジを王子がどうするのかさえ、作者は視野に入れていなかったのかもしれない。

『ちいさな王子』を書きあげた作者にとって、「王子がいつも首に巻いている金色のマフラー」が、絵によって若草色(21章)だろうと水色(8章)だろうと、いっそ蝶ネクタイだろうと巨大な釦だろうと構わなかったし、王子の星にフライパン(9章)があろうと、「ぼく」が砂漠で描いた絵に水彩が施されていようと、どうってことなかったのだろう。「花」が「王子をなつかせた」か、「王子」が「バラをなつかせた」かについての、責任のある側についての区別さえも。

 大切な人たちへの確かなメッセージになってさえいれば、それでよかったのだ。

 時代に当てた強烈なメッセージを含む作品が、時とともにメッセージ性そのものは薄まり目立たなくなり(バオバブはそうではないが)、時代を超えて、新たな読みに耐えていく。だから古典なのだ。

 私にとって『ちいさな王子』は、幻の、第三の『新・ちいさな王子』と質を変えている。亡くなったサン=テグジュペリが、生きて、私の心に新たな物語を書いてくれているのだ。
 おとなである私が、かつての自分自身という、完璧な子どもと出会う物語だ。

 私は、『ちいさな王子』の続編を生きる。それは地球を再訪する王子の話ではない。私が、本当の私と出会って変容する物語だ。

 私は、それを今から生き始めようとしている。『ちいさな王子』にいざなわれて。

 王子は砂漠に戻るのではない。砂漠のような、疲労した魂に戻ってくるのだ。
 ――あの子が戻ってきたよ!
 サン=テグジュペリに手紙を書かずとも、作者はとっくに知ってくれている。「あの子って、君自身だろ」。作者の声がする。
 

トリスタンとイズー朗読会

 投稿者:アストライアの会メール  投稿日:2010年 7月10日(土)10時49分24秒
  エメラルドの海を渡る愛の風
ヨーロッパ中世の昔、人々は陸の上なら徒歩か馬で、海上なら帆掛け舟で旅をしていた頃の事です。吟遊詩人たちが騎士道にもとずく冒険や恋の物語を竪琴(たてごと)に合わせて歌っていました。イギリスの南端のコーンウォール半島、アイルランド、フランスのブルターニュ、そしてその三っつの陸に囲まれた海と小島を舞台に、壮大な恋愛物語(ロマン)が生まれました。主人公のトリスタンとイズーが間違って愛の妙薬を口にしたばかりに、許されざる、しかし死後まで続く純粋な愛に身をやつす事になるのです。中世最大のこの恋物語は、西欧人の恋愛観の形成に大きな影響を与えました。シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の原型になったとも言われています。
昨今日本ではマスコミの影響により、「婚活」などと言って、恋愛すら無視するか自己目的化し、自分の条件に合う合わないという事で、異性を品物の様に扱う風潮があります。しかし本来、恋愛とは授かるものであり、信頼を通じて自然とお互いの胸に芽生えて来るものです。
愛の古典であり、人間らしい感情を呼び覚ましてくれる本書の朗読を通じて、想像の翼を羽ばたかせ、時空を超えた文学の旅を楽しみましょう。

「ジョセフ・ベディエ編、トリスタンとイズー朗読会 第4回」(翻訳物)
主 催 アストライアの会  共 催 au bon café
ゲスト 武松洋子さん 劇団創芸でヒロインとして活躍後、朗読会代表、本格派サロンも
日 時 平成22年9月25(土)午後2時から5時
会 場 豊島区立勤労福祉会館第六会議室 池袋駅西口徒歩約7分(池袋消防署先)
費 用 お茶代込み参加費二千円
形 式 前半は朗読、後半はお茶会で、文学サロンとして行います。
朗 読 専門家の朗読を基本とし、その後で希望者による体験朗読が加わります。
仏 文 毎回、原文の中から一行だけフランス語の解説を行います。
備 考 パリの市民朗読会「ボヴァリー夫人の会」と姉妹会になりました。
募 集 体験朗読者、フランス語解説者を募集!その際は無料でお茶付き!
連絡先 TEL/FAX 049(258)3218 松原まで

http://www.gilishya-shinwa.com

 

朗読劇べらんめえ公演告知

 投稿者:山田二郎メール  投稿日:2010年 7月 6日(火)12時36分16秒
  )平成22年7月24日土曜日下記の通り定期公演を行います 興味お持ちでしたらおいで下さい。
場所 中野芸能小劇場(JR中野駅北口徒歩六分問合せ先03-5380-0931)
開場午後一時・開演一時半
入場料 千円(全席自由席で当日売りです)
出し物 立体落語「たらちね」、朗読劇「深川木戸番小屋澪通り」、朗読劇「ちいさこべ」

ご不明の点はメールでお尋ね下さい
 

朗読 おたふく

 投稿者:雅KIKAKUメール  投稿日:2010年 6月20日(日)00時00分42秒
  朗読おたふく
さて、7月に行なわれる朗読公演のお知らせです。

山本周五郎の名作 「おたふく」を朗読と笛、三味線の生演奏と共にお届けします。

7月16日(金)19時半
7月17日(土)14時、18時半
*開場はいずれも開演の30分前

会場:銀座小劇場
地下鉄丸の内線・銀座線・日比谷線銀座駅A13出口から徒歩3分
JR有楽町駅下車・中央口徒歩7分

出演:
魚建(ゆーりんプロ:17日)
北川夢(RME)
桑原美帆(ザ・マインズエンターテインメント)
桜井美弥乃(プロダクション・タンク)
武虎(俳協:16日)
中村俊洋(マウスプロモーション)
吉川雅子     (五十音順)

紫竹芳之(笛)
上原潤之助(三味線)


入場料:前売り 3000円  当日 3300円  (全席自由席)

演出:岡田和子
照明:山口明子・貝原奈緒子
制作:雅KIKAKU rodokuda@yahoo.co.jp

人情をたっぷり感じていただけることでしょう。

チラシは以下:

http://www.miyabikikaku.com/otafuku1

http://www.miyabikikaku.com/otafuku2

http://www.miyabikikaku.com/kouen

 

「アンを探して」情報です。

 投稿者:松丸春生  投稿日:2010年 1月 9日(土)00時25分23秒
  ★東京、大阪、名古屋、沖縄、新潟、高崎は、上映終了しました。

「アンを探して」公開スケジュールは以下のとおりです。

2010年
★沖縄
1月9日より ミハマ7プレックス
中頭郡北谷町美浜8-7 TEL:098-936-7600
★佐賀
1月16日より シアターCIEMA
佐賀県佐賀市松原2-14-16 セントラルプラザ3F TEL:0952.27.5116
★札幌
1月30日より シアターキノ
札幌市中央区南3条西6丁目 グランドビル TEL:011-231-9355
★岐阜
2月6日より CINEX
岐阜県岐阜市日の出町2-20シネックスビル TEL:058-264-7151(代)
★富山
2月27日より フォルツァ総曲輪(旧とやまWIZシネマ)
富山県富山市総曲輪3-3-16 総曲輪ウィズビル5F TEL:076-493-8815
★福岡
 1月16日(土)11:00 14:00 福岡市立早良市民センター
 1月23日(土)11:00 14:00 18:30 福岡市男女共同参画推進センターアミカス
 1月31日(日)11:00 14:00 コミセンわじろ
 2月 6日(土)14:30 大野城まどかぴあ
 

トリスタンとイズー朗読会

 投稿者:アストライアの会メール  投稿日:2010年 1月 8日(金)16時28分38秒
  エメラルドの海を渡る愛の風
ヨーロッパ中世の昔、人々は陸の上なら徒歩か馬で、海上なら帆掛け舟で旅をしていた頃の事です。吟遊詩人たちが騎士道にもとずく冒険や恋の物語を竪琴(たてごと)に合わせて歌っていました。イギリスの南端のコーンウォール半島、アイルランド、フランスのブルターニュ、そしてその三っつの陸に囲まれた海と小島を舞台に、壮大な恋愛物語(ロマン)が生まれました。主人公のトリスタンとイズーが間違って愛の妙薬を口にしたばかりに、許されざる、しかし死後まで続く純粋な愛に身をやつす事になるのです。中世最大のこの恋物語は、西欧人の恋愛観の形成に大きな影響を与えました。シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の原型になったとも言われています。
昨今日本ではマスコミの影響により、「婚活」などと言って、恋愛すら無視するか自己目的化し、自分の条件に合う合わないという事で、異性を品物の様に扱う風潮があります。しかし本来、恋愛とは授かるものであり、信頼を通じて自然とお互いの胸に芽生えて来るものです。
愛の古典であり、人間らしい感情を呼び覚ましてくれる本書の朗読を通じて、想像の翼を羽ばたかせ、時空を超えた文学の旅を楽しみましょう。

「ジョセフ・ベディエ編、トリスタンとイズー朗読会 第3回」(翻訳物)
主 催 アストライアの会  共 催 au bon café
ゲスト 武松洋子さん 劇団創芸でヒロインとして活躍後、朗読会代表、本格派サロンも
日 時 平成22年3月28(日)午後2時から5時
会 場 豊島区立勤労福祉会館第五会議室 池袋駅西口徒歩約7分
費 用 お茶代込み参加費二千円
形 式 前半は朗読、後半はお茶会で、文学サロンとして行います。
朗 読 専門家の朗読を基本とし、その後で希望者による体験朗読が加わります。
仏 文 毎回、原文の中から一行だけフランス語の解説を行います。
備 考 パリの市民朗読会「ボヴァリー夫人の会」と姉妹会になりました。
募 集 体験朗読者、フランス語解説者を募集!その際は無料でお茶付き!
連絡先 TEL/FAX 049(258)3218 松原まで

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プリンス・エドワード島オールロケの映画

 投稿者:西川小百合・松丸春生  投稿日:2009年11月 3日(火)01時12分34秒
  『アンを探して』という映画の上映が始まっています。
『赤毛のアン』の島でのオールロケ、魅力的ですね。
昨年、若い監督さんともお会いした縁で、この映画を推薦いたします。
詳しくはHP「アンを探して」をご覧ください。

★東京
10/31(土)~ シネカノン有楽町1丁目
東京都千代田区有楽町1-11-1読売会館8階 TEL:03-3283-9660
★大阪
11/7(土)~ 梅田ガーデンシネマ
大阪市北区大淀中1-1-88-4F TEL:06-6440-5977
★名古屋
11/21(土)~ 名演小劇場
名古屋市東区東桜林2-23-7 TEL:052-931-1701
★沖縄
11/21(土)~ 桜坂劇場
那覇市牧志3-6-10 TEL:098-860-9555
★新潟
11/28~12/11 シネウインド
新潟市八千代2-1-1 TEL:025-243-5530
★高崎
12/12~12/25 シネマテークたかさき
高崎市あら町60-1 TEL:027-325-1744
★福岡
11/28(土)~KBCシネマ
福岡市中央区那の津1-3-21 TEL:092-751-4268
★京都
12/19(土)~ 京都シネマ
京都市下京区烏丸通四条下る水銀屋町620 TEL:075-353-4723
★札幌
1月 シアターキノ
札幌市中央区南3条西6丁目 グランドビル TEL:011-231-9355
 

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