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本当に久しぶり

 投稿者:げーりぃ  投稿日:2016年 8月 4日(木)20時03分26秒
  ここ見てる人、いないと思うけど、一応・・・

このサイトを見つけてくださった方が、リンクをお願いしますとお知らせくださいました。
ほったらかしすぎて、やばいサイトなのに・・・!!!
もうほんと、どうしたらいいものやら(汗)
マジで悩むところですが、
参考になると感じてくださる方が少しでもいらっしゃるなら、
作ったことは無意味ではないのかなと思って、
あの当時の熱い気持ちのママ、またこれしばらく放置いたします(爆)
こんなやつが、作者で申し訳ありません!!!!
 
 

何年ぶりかしら!

 投稿者:げーりぃ  投稿日:2015年 9月 7日(月)14時26分1秒
  このサイト・・・もう何年目になると思います?!
開設した翌々日に、盲腸で入院したという、思い出深いサイト・・・まだ20周年には
ならないけど、もうそんなに年月が流れてしまっているのですね。その間に、あたしも
年を取りましたよ・・・

源彩さま
論文お疲れ様でした!って、お疲れだったのも遠い過去になりつつあるのですね・・・
すみません、ほんとに、ここ、放置ばっかりで(汗)
メールアドレスは生きてると思うので、よかったらどうぞ(汗)
中世のゼミにたどり着けてよかったですね!私の姉が日本文学科に進学したのですが、
なかなか自分の研究したい時代の授業がないとよく言っておりました。
好きなジャンルをとことん勉強できるのって、今振り返ると本当に幸せなことです。
そして、一つのことに深く深く学ぶことは、とても貴重な経験となります。
源彩さんは、いま、どうしてらっしゃるでしょう・・・
楽しくお勉強されているといいなと思います。
書き込みありがとうございました!
 

論文を出して今

 投稿者:源彩  投稿日:2014年 5月28日(水)11時31分35秒
  お久しぶりです
源彩です
以前大学入試のために書いた論文を掲載させていただきましたが、無事大学に合格してからもうかれこれ三年目です。1年、2年次のころは近代史の先生にばかり当たってしまい、義仲の研究発表ができませんでしたが、今やっと念願かない、中世前期のゼミに所属しています!
そしてこれから義仲の研究発表1回目を控えています。
このサイトや、ここでのエールは私の原点でした。
いい発表ができるように、そして義仲をきちんとアピールして、ずっと研究が続けられるように、またご声援よろしくお願いします!!
 

書き込みアリガトウゴザイマス!!

 投稿者:げーりぃ  投稿日:2013年10月15日(火)07時59分36秒
  もうすっかり、管理人失格でございます・・・!!

人生色々ありまして、ここの管理がマッタクできない状態でした。
今日、いっちゃん(いちきしまさん)からのメールを見て、
あ!って思って、こちらへ参りました(汗)

これからまた仕事へ行かなければならないので、1年分の書き込み、
後ほどゆっくり拝見したいと思います!
皆様、ほんとうにありがとうございます!!!

そして、本当に申し訳ありませんでした!!!
 

お久しぶりなんやけど・・・

 投稿者:いちきしま  投稿日:2013年10月14日(月)01時51分15秒
  まぁ・・・い じゃわからないかぁ・・・
げーりぃおねえさんもよりちゃんもお元気ですか。
私はまぁだ京都で学生やってますよ。
よりちゃん、私の置き去りサイトに書き込みありがとうね。
でも2年以上お返事書いて無かったねぇ。
ごめんね。
一応、フェイスブックもミクシィもツイッターもラインも・・・
まぁ、ひと通りはやってるけれどでもまぁほとんどやってないような
ものだからこれからも連絡取れたらいいんだけどなぁ・・・
どうするかなぁ・・・
 

はじめまして

 投稿者:  投稿日:2013年 6月 5日(水)16時33分0秒
  現在の苗字、旭と申します。埼玉県に住んでいます。
私は全然歴史に詳しくないのですが、
先祖代々うちは木曽義仲の子孫だと言い伝えられてきました。
昔、子供の頃に聞いたときはへーそうなんだー位の気持ちでしたが、旧姓旭だった叔母が、家系のルーツが知りたいと言い出しまして私も興味がわいてきました。
叔母や私の父はインターネットに疎くて、私がちょっと検索かけてみたところ、長野にある義仲館を発見し、行ってきました。その時何とも驚いたことに私の父と義仲像がうりふたつでした!!顔も体つきもそっくりで、親戚一同でぎゃーー怖い!!なんて、皆で鳥肌たちまくって興奮したほどでした。
私にとっての祖父は喜界島出身で上京し、皇宮警察官をしていましたが、父が子供の頃に亡くなってしまいました。
祖父も亡くなり、祖父の兄弟も地方にいるらしいのですが皆さん高齢にもなりルーツをたどるのも限界がありそうです(^-^;
先ほど、苗字由来ネットのサイトで旭を検索したら、やはり木曽のことがでていましたが、よくわかりませんでした。
本当に木曽義仲の末裔なのか、旭将軍??私の苗字が旭なのは、単なる偶然か、何の資料もないので信憑性がもうちょっと欲しいなと思ったりもします。
もしそうだったとしても、だから何ってことはないのですが(^-^;ま、ドラマチックですよね..☆

 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2012年 6月11日(月)13時11分10秒
  よりちゃんもこんにちわ。
大学は卒業したけどまだ学生やってるよ。
やりたいことではあるけれど好きな道には進めなかったなぁ・・・
 

↓の補足です

 投稿者:より  投稿日:2012年 5月 3日(木)16時49分12秒
  「巧定まるの日」=功績を定めた日というのは、
“治承寿永の乱における各人の”功績を定めた日
という意味です。
 

左近介さん

 投稿者:より  投稿日:2012年 5月 3日(木)16時33分1秒
  げーりぃさんも、こんにちは(^^)

その漢詩は初めて見たのですが
「何人か為に説く旭将軍」は、もっと日本語に近い形で読むと
「何人か旭将軍の為に説く」になるのかな??
と推測してみたのですがどうでしょう?

・・・とすると、この漢詩は

火牛が突進するその勢いはまるで雷のようだ
再び田単の戦功を見る思いである
鎌倉幕府ができた当初、功績を定めた日
誰が旭将軍のために彼の功績を説いただろうか

という解釈ができるのではないでしょうか???自信はないのですが。
「か」は疑問または反語を表す係助詞ですので
旭将軍は素晴らしい戦功を上げたとはいえ、幕府においてそれを称える者はいるか?いないだろうなぁ、という寂しさ・むなしさ・口惜しさを表現した詩のように思います。…あくまで私の解釈です(汗)

源彩さん、大学ご入学おめでとうございます。
私も日本史専攻卒で、好きだという理由だけで研究テーマにできるわけではないんだな
と感じつつ結局好きだからという理由でテーマを決めてしまいました(笑)
これから4年、いやいや歴史は一生ものの趣味ですね、勉強楽しみましょう~!
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2012年 4月16日(月)13時08分12秒
  おひさです。(⌒-⌒)
へぇ、まだそのままクッキー残ってる。
でもまぁ・・・これでどうだ。
 

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